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にっぽん自動車ぶらり旅
~インプレッサWRX STi編~

静岡の旅

2014年12月27日~30日

12月28日(日)

静岡市から御前崎を経て浜松市へ

 静岡の旅2日目。静岡市は2003年4月に清水市と合併。広大な面積となったことはもちろん、観光名所の数も全国トップクラスになったと言っても良いのではないだろうか。

 そんな訳で、前日に行くことができなかった静岡市の観光地を巡ることから、この日の旅は始まる。その後、御前崎に立ち寄ってから浜松市へと向かった。

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駿府城

1:アーバントイン静岡 前日に宿泊したアーバントイン静岡では朝食が付いていたので食べていくことに。

 朝食は普段6;30から摂れるそうだが、この日は団体客が宿泊していて時間を07:00以降にずらしてほしい、とのことであった。メニューはパン、飲み物、サラダ、バナナと簡単なもの。

駐車場  朝食を終えると出発の準備をして08時過ぎにチェックアウト。前日、ホテルの駐車場は満車で、近くのホテル指定コインパーキングに駐車していた。

 チェックアウト時に無料券が貰えるのだが、多少時間が残っていたので駐車場に車を置いたまま駿府城へ歩いて向かうことに。

 お!駐車場に、もう1台Stiが停まっているではないか!同志!ちなみに私のStiは手前の車。 地図1:アーバントイン静岡

三ノ丸お堀 三ノ丸お堀 駐車場から伝馬町通りを駿府城方面に向かって歩くと、やがて江川町の五差路信号に辿り着く。ここで右へ曲がり次の信号を渡ると三ノ丸お堀の畔に出た。

静岡県庁本館 2:静岡県庁本館 三ノ丸お堀の畔を歩いていくと、なんとも立派な建物が現れた。この建物は静岡県庁の本館。登録有形文化財。コンクリート造りの建物に瓦屋根を載せた帯冠様式(ていかんようしき)で戦前の建物であるという。

 本館の奥に見える背の高い方(奥左)の建物は静岡県庁別館、背の低い方(奥右)の建物は静岡県庁東館である。

 県庁などがある三ノ丸お堀の内側をグルッと回った地域が旧駿府城三ノ丸にあたる。 地図2:静岡県庁本館

3:駿府城公園 静岡県庁本館の西側にはスルガ銀行静岡県庁支店があるのだが、静岡県庁本館とスルガ銀行静岡県庁支店の間を北へ歩いていくと二之丸橋がある。この二之丸橋を渡ると駿府城公園である。

 駿府城公園は旧駿府城の本丸、二ノ丸付近が整備された公園。園内には復元された建物もいくつかあり私のような観光客も多く訪れるようだが、地元の人達にも愛されている公園のようで私が訪れた時には散歩やランニングをする人達が多くいた。 地図3:駿府城公園

二之丸橋 二之丸橋 この橋を渡ると駿府城公園。

 駿府城は室町時代に今川氏の築いた館が始まりであるという。その後、戦国時代に駿河は武田氏に奪われ、更に1582年、徳川家康が武田氏から駿河を奪った。

 ところで徳川家康は駿府と非常に関わりがあった。少年の頃から12年間、今川氏の人質として駿府にいたことがある。桶狭間の戦いで今川義元が戦死すると三河に帰還。戦国大名としての地位を確立。

 その後、駿河から武田氏を駆逐して織田信長と共に武田氏を滅ぼす。本能寺の変の後、駿府城を築城し入城。駿府城を居城とした。

 しかし豊臣秀吉が関東の北条氏を滅ぼすと、当時、駿河・遠江・三河・甲斐・信濃を領していた徳川家康は北条氏の旧領・関東八ヶ国へ国替えとなる。そして秀吉の死後、関ヶ原の戦いで勝利した家康は江戸に幕府を開くことになるのだ。

 徳川家康は僅か2年で将軍職を子の秀忠に譲り、三たび駿府へ入った。ここで大御所として江戸の秀忠と二元政治を行うことになる。そして駿府で生涯を終えることになるのだ。

 長くなりました。全部読んでくださった方、ありがとうございます。

二ノ丸御門跡渡櫓門 二ノ丸御門跡渡櫓門 二之丸橋から駿府城公園に入ると左側に二ノ丸御門跡がある。駿府城の三ノ丸から二ノ丸に入る正面出入口であったのが二ノ丸御門。別名、二ノ丸大手門。元来、三ノ丸から二ノ丸に入るこの付近の橋は当然この位置にあった。つまり当時は私が渡ってきた二之丸橋とは違う位置に橋があったということ。

 二ノ丸御門は枡形の構造で、写真の左側に高麗門(第一の門)、写真正面の石垣に挟まれた場所に渡櫓門(第二の門)があったらしい。

二ノ丸御門跡渡櫓門  こちらは二ノ丸御門跡の説明看板。

坤櫓 坤櫓 “ひつじさるやぐら”と読む。駿府城で復元された建物のひとつ。復元されたのが平成26(2014)年3月というから、まだ出来たばかりの建物だ。二ノ丸御門跡の奥(西側)にある。

徳川家康公之像 徳川家康公之像 駿府城公園は一部の史跡を除いては市民憩いの公園。その公園を歩いていくと立派な像が立っていた。ここは駿府城の本丸跡。立派な像は言うに及ばず、徳川家康の像である。家康は鷹狩りが大変好きだったというが、左手に持っているのは鷹であろう。

家康公お手植のミカン 家康公お手植のミカン このミカンは家康が将軍職を秀忠に譲り駿府に隠居した後、紀州より献上された鉢植えのミカンを天守閣下の本丸に移植したものであるという。残念ながらミカンの実は付いていなかったが。

天守台跡 天守台跡 この付近が駿府城天守台であったようだ。現在では説明看板があるだけで天守台の面影は全くない。

 説明看板によると、駿府城の天守台は周囲に石垣の土手を設け、天守閣をほぼ中央に建てる天守丸構造であったという。しかし今の風景から想像するのは難しい。

紅葉山庭園 紅葉山庭園 駿府城公園の東側に紅葉山庭園がある。紅葉山庭園は駿河の国の名勝を織り込んだ4つの庭を中心に造られている庭園。入場は有料。ちなみに大人の入場料金は150円、東御門・巽櫓(たつみやぐら)との共通入場券もあり、そちらは300円である。料金は2014年12月28日現在のもの。

 この時の時間は08時48分。開園は09時からであったようだが、中には入らなかった。

本丸堀 本丸堀 紅葉山庭園から東御門に向かって歩いていくと池のようなものがあった。これは本丸堀。

 駿府城は三ノ丸堀(外堀)、二ノ丸堀(中掘)、本丸堀(内堀)の三重掘になっていたようだが、駿府城公園内の本丸跡を取り囲んでいた本丸堀は現在ほとんど残っていない。

本丸堀石垣  この本丸堀は発掘調査によって再び姿を現したもの。石垣などもあり、江戸時代の雰囲気が感じられる遺構となっている。

駿府城下町説明 駿府城下町 本丸堀と東御門の間にあった駿府城下町の絵。あまりにも立派だったので立ち止まってしまった。

駿府城下町  写真では見えないが、駿府城下町の絵の左側に由緒ある「駿府九十六ヵ町」の町名がしるされている。

東御門 東御門 東御門に到着。東御門は二ノ丸の東に位置する主要な出入口であったという。

 東御門の開門時間は06時00分から22時00分。

 説明看板によると東御門の前が安藤帯刀(たてわき)の屋敷であったことから「帯刀前御門」、また台所奉行の松下浄慶にちなんで「浄慶御門」とも呼ばれ、主に重臣たちの出入口として利用されていたという。

櫓門  説明看板によると東御門は二ノ丸堀(中掘)に架かる東御門橋と高麗門、櫓門、南・西の多聞櫓で構成される枡形門であるという。写真は城内側から見た櫓門。

枡形内部から櫓門  枡形内部から見た櫓門。後方が高麗門となる。

高麗門  高麗門から出て東御門橋で二ノ丸堀(中掘)を渡る。

東御門橋から巽櫓  東御門橋の上から見た巽櫓(たつみやぐら)。

東御門と巽櫓  二ノ丸堀の反対側から見た東御門と巽櫓。

 駿府城二ノ丸の正面出入口は二ノ丸御門であったのだが、二ノ丸御門では建物の復元はされていない。

 ところが東御門では門や巽櫓が復元されているので、駿府城を紹介する写真や映像は東御門を撮ったものが多いのではないだろうか。現在における駿府城の顔ともいえる。

 東御門の奥に見える背の高い建物は静岡県庁の別館。別館の奥に少し見えている背の低い方の建物は県庁東館。

駿府城説明看板  東御門を出て東御門橋を渡ると立っている駿府城の説明看板。

 さて、東御門を出ると再び伝馬町通りに戻って駐車場を目指した。

伝馬町の由来 伝馬町の由来 伝馬町通りを駐車場に向かって歩いていると「伝馬町の由来」という説明碑を発見。

出発 出発(09時19分) 09時10分前に駐車場へ帰還。次は登呂遺跡に向かうことに。

 長野を出発してから既に317.6kmを走っていた。外気温計は6℃を示している。この季節、時間の気温としては長野に比べれば劇的な暖かさである。地元の人達はどう感じているのだろうか分からないが。ガソリンのエンプティマークが点灯しているが私の計算では、まだしばらく走れると思う。

 次の目的地、登呂遺跡であるが、実は幼い頃から行ってみたかった場所のひとつ。前日に行こうと思ったのだが場所が分からず(ナビで設定できず)諦めた。しかしホテルで場所を確認して、この日は準備万端。意気揚々と出発した。

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登呂遺跡

 登呂遺跡は今からおよそ1,900年前(1世紀頃)、弥生時代後期の集落遺跡。弥生時代の人々の暮らしや米づくりの様子が日本で初めて明らかとなった遺跡といわれている。

 駐車場を出発すると、まずは伝馬町通りを左(西)へ進んだ。しかし最初の信号で、すぐに左折。栄町信号を直進して国道1号を横切り東海道本線の下を通過。次の信号で右折、少し進むと静岡駅南口信号に至る。

 静岡駅南口信号を左折すると石田街道に入った。その後は石田街道を東名高速の手前まで進み、信号を左折すると登呂遺跡の駐車場がある。標識でも案内されているので比較的分かりやすい。ただ、手前に登呂入口という信号があるので、こちらで曲がってしまうと少し迷うかもしれない。

4:登呂遺跡(09時29分) 登呂遺跡の駐車場に到着。登呂遺跡には登呂博物館や芹沢銈(けい・金偏に圭)介美術館があるのだが、この2館は年末年始休業でこの日休館だった。駐車料金は400円なので休館でも良いか聞かれたが、もともと私は登呂遺跡を見たかったので駐車料金を支払い登呂遺跡に向かった。 地図4:登呂遺跡

登呂博物館 登呂博物館 登呂遺跡の一帯は登呂公園になっている。駐車場から登呂遺跡に向かって歩いていくと登呂博物館があった。しかし、この日は年末年始の休館日。奥に見えるのは芹沢銈(けい・金偏に圭)介美術館か。

学びの広場から見た登呂遺跡  登呂博物館の北側は学びの広場になっている。学びの広場から復元水田を越えていくと登呂遺跡。

東側居住域  学びの広場から復元水田を越えて行くと辿り着くのが東側居住域。今回は行かなかったのだが西側居住域やメモリアル広場もあるそうだ。メモリアル広場には再整備以前に復元された住居と高床式倉庫があるという。次回は是非見てみたいものだ。

登呂遺跡2号高床倉庫 登呂遺跡2号高床倉庫 東側居住域に到着。昔、教科書で見た記憶のある建物が、いくつも建っていた。

 写真は登呂遺跡2号高床倉庫。穀物類の保管を目的とした建物。

ネズミ返し  これが「ネズミ返し」である。貯蔵された穀物を狙うネズミも、これがあるが故に柱を登ることができないという。

説明…  高床倉庫の説明が書かれた、何と言うか… … …紙?景観を意識してなのか予算の都合なのかは分からないが、よく見てみると色々な場所に、このような説明書きが配置されている。

廃絶後の状況を示す住居跡 廃絶後の状況を示す住居跡 この側にも上の写真のような説明書きが貼ってあった。

 説明書きには「住むことをやめ、柱や梁(はり)、羽目板(はめいた)、屋根などの上屋の構造材を取り去った状態の住居の跡。 環状に盛土された周堤(しゅうてい)と土留めの板材、元の床面には抜き去られた柱の跡を再現している」と書かれている。

 つまりは、そのまま当時のモノではなく再現されたモノということだが(当たり前か)、こうして見ると弥生時代の人々の生活が目に浮かぶようだ。

登呂遺跡の居住域図

 ところで、この居住域は微高地の上に位置しており、10軒程度あったと推定されている住居のうち4軒と、高床倉庫2棟、祭殿1棟が復元されている。

 現在復元されている建物は2度めの大きな洪水で集落がが埋没する直前のものであるという。

 微高地と居住域は、さらに西側にも広がっており、そこにも10軒程度の住居があったと推定されているとか。そちらの西側にあった居住域の付近には、現在、メモリアル広場が整備されており再整備以前に復元された住居と高床倉庫、火起こしの像などがあるらしい。

区画溝 区画溝 登呂遺跡の集落と水田は溝で区切られていた。この区画溝は発見された溝が再現されたものと思われる。溝の両側には土手があったという。

登呂遺跡祭殿 登呂遺跡祭殿 この建物は登呂ムラの祭殿であったと考えられている。平成11年の登呂遺跡再整備計画に伴う再発掘調査より発見された大型の掘立柱(ほったてばしら)建物。

 建物の前には広場が設けられ、周囲の溝によって住居群とは区別された特別な区域であったらしい。登呂ムラ全体の儀式(豊作などの祈願やその占いなど)や重要な話し合いなどに使われていたものと考えられているという。

復元水田 復元水田 日本で初めて発見された弥生時代の水田が復元されている。…とは言っても、現代の水田とどこが違うのか難しいところだが。

 水田は大きな畦(あぜ)で囲まれていて、中が小さな畦で分けられている。水田域の中央には大規模な給排水路が通っていた。

復元水田にカモ  東側居住域を見学した後、復元水田を歩き駐車場に戻ろうとしていた。復元水田を歩いていると、カモが何羽も戯れているではないか。なんとなく人を恐れていないように見えたので近寄ってみると、やっぱり逃げていった。

 駐車場に到着すると09時57分に出発。次は絶景で名高い「さった峠」に向かう。

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さった峠

 登呂遺跡の駐車場は09時57分に出発。再び石田街道に戻り北、静岡駅方面へと引き返した。

稲川信号 5:稲川信号 石田街道を静岡駅方面に進み稲川信号で右折。静岡県道354号静岡環状線に入った。

 静岡県道354号は八幡2丁目信号で左折する。ちなみに直進は静岡県道407号静岡草薙清水線。 地図5:稲川信号

日出町信号 6:日出町信号 八幡2丁目信号を左折して間もなく日出町信号に至る。ここで右折、国道1号に入った。ここからは、しばらく国道1号を進み続けることになる。ちなみに日出町信号を直進して次の横田町西信号を左折すると、前日に宿泊したホテルアーバントイン静岡がある。 地図6:日出町信号

興津中町信号 7:興津中町信号 国道1号は左に曲がったり右へ曲がったり、真っ直ぐ進まないが道なりに進み続ける。やがて興津中町信号に至り左折。国道52号を甲府・身延方面に進んだ。 地図7:興津中町信号

一時停止の交差点 8:一時停止の交差点 国道52号に入り少し進むと八木間元信号を右折。興津川を渡ると一時停止の交差点があるので、ここで左折。 地図8:一時停止の交差点

さった峠入口 9:さった峠入口 一時停止の交差点を左折して少し進むと東名高速の下を通過。直後で右折しても良いのだが、次の交差点を右折する。画像が悪くて写真では見えないが、横断歩道の手前に右折できる道があり、ここには「薩た(土へんに垂)峠」と書かれた小さな看板がある。ちなみに「た」の字も漢字で書かれている。 地図9:さった峠入口

さった峠駐車場 10:さった峠駐車場(10時46分) 登呂遺跡の駐車場を出発して50分程でさった峠の駐車場に到着。駐車場は10台程度停められるスペースがあるが、訪れる人も少なくはないので休日は停めるのも一苦労かもしれない。

 今回通ってきた反対側からもさった峠まで道が続いているというが、道幅が狭くてあまりお勧めではないらしい。 地図10:さった峠駐車場

遊歩道 遊歩道 駐車場の奥にある遊歩道を展望台に向かって進む。展望台まで距離は大したことない。

展望台 展望台 駐車場からゆっくり歩いても5分とかからないと思う。ここが絶景で名高いさった峠の展望台。さっそく登ってみる。

説明看板 説明看板 展望台にある説明看板。「さった峠」の「さつ(さっ)」の字は「薩」の字。問題は「た(土へんに垂)」の字で、この字は表示できないケースが多い。そのため「さった峠」や「サッタ峠」などひらがなやカタカナ表記されることが多いようだ。

 さった峠は富士山が見える景勝地として昔から有名で、歌川広重も「東海道五十三次」のでこの地を描いている。「東海道五十三次」の中で唯一当時と同じ景色を望める場所とも言われているらしい。

 現在ではさった峠の急斜面と駿河湾の間を縫うように国道1号・東名高速道路・JR東海道本線が通っており、その向こうに見える富士山との組み合わせが素晴らしい。

さった峠からの眺望  さった峠展望台からの眺望。かつての東海道、さった峠下の海岸線付近は東海道三大難所に数えられたという。さった峠には、その迂回路が通っていたとか。

さった峠からの眺望広角  同じ眺望を一眼レフの広角レンズで撮影したもの。富士山の右側に見える山は箱根だろうか。

さった峠下の交通網  望遠レンズに変えてさった峠の下を走る交通網を撮影。左からJR東海道本線、国道1号富士由比バイパス、東名高速道路が並んで走る。

さった峠から富士山のアップ  同じく望遠レンズで富士山を撮影。それにしても天気が良くてよかった。

遊歩道帰り道  富士山の絶景を堪能した後、遊歩道を駐車場に向かって戻り始めた。行きは富士山に背を向けて歩いてきたが、帰りは富士山に向かって歩く。

 ミカンかどうか分からないが、辺りには柑橘類の木がたくさんあった。駐車場近くは畑にもなっていたが…。

ミカンか  私の地元、長野県はリンゴの産地であるが、ミカンは少ない。というか、私の住む長野市では殆ど見ることができない。

 そんな理由もあるのだろうか。私はミカンが大好きだ。…というと、食べるのが好きなように聞こえる。もちろん食べるのも好きなのだが、畑を見るのが好きなのだ。

 しかもミカンは冬に実がなるというところが凄い。雪に包まれた長野の冬と比べると、なんと暖かみのある光景ではないか。

遊歩道から富士山とミカン  駐車場近くで撮影した1枚。ミカン(?)の向こうに遊歩道と富士山、右隅には東名高速道路も見えている。駐車場のすぐそばなので、通行人や記念撮影をする人も多く、人がいなくなるのを待つのに時間がかかった。

駐車場近くのミカン畑  間もなく駐車場に帰還。駐車場近くにはミカン畑(?)があったので写真を撮ってみた。

 11時15分頃、さった峠の駐車場を出発。前日から静岡市の中を行ったり来たりしながら楽しんできたが、いよいよ静岡市を離れることに。この日は浜松市で宿泊したいと考えていたのだが、まずは御前崎を見ようと思って御前崎に向かった。

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静岡市~御前崎市

 さった峠の駐車場を出発すると、来た道を引き返して国道52号まで戻った。しばらくは往路を引き返すルートのまま。国道1号に出て清水駅前信号まで戻った。

 本来ならば、清水駅前信号を直進して国道149号、150号へと進んで行くのが正解。しかし、さった峠に向かう途中、清水駅前信号手前の国道1号上に安いガソリンスタンドを見つけていた。この日の朝、ホテルを出発した時にはガソリン残量が厳しかったことは前述のとおり。ここは右折して給油していくことにした。

出光石油清水SS 11:出光石油清水SS(11時35分) 国道1号を進み清水駅前信号を右折して間もなく、出光石油清水SSで給油。

 さった峠に向かう往路でも通過したのだが、往路では反対車線になるため立ち寄らずに通過した。ガソリンの残量からすれば、給油していきたかったのは山々だったのだが…。

 何はともあれ再び戻ってくるまで、ガソリンが尽きずによかった、よかった。

 トリップメーターは579.3kmであった。しかし、225.7kmは出発前の走行距離。つまり旅に出てから実質の走行距離は353.6kmということになる。

 給油量は54.14L。私のSTiは燃料タンクが60Lあるので、あと5.86L残っていた計算になる。思ったより残っていたが、まあ、ギリギリというところだろう。

 燃費は10.7km/L。日常生活での燃費もかなり含まれているので、微妙な数字ではあるが…。 地図11:出光石油清水SS

静岡駅 静岡駅(12時03分) 時間はお昼を過ぎた。ちょうど静岡駅前を通過。昨晩に宿泊したホテル、アーバントイン静岡や早朝に巡った駿府城公園は静岡駅から歩いて行ける位置にある。つまり、半日かかって戻ってきたということ。…?大丈夫か!?大分遅れている!

12:南安倍信号(12時08分) 今回の旅では出発前に、静岡市から浜松市までの区間は国道150号を使おうと決めていた。この区間、国道150号は国道1号とほぼ並行して走っているのだが、内陸部を通る国道1号に対して国道150号は海沿いを走っている。

 静岡駅前を通過して間もなく、南安倍信号に到達。ここで左折して静岡県道84号中島南安倍線に入った。いよいよ国道1号を離れて国道150号に向かう。 地図12:南安倍信号

13:中島信号(12時14分) 静岡県道84号を進むと中島信号に辿り着く。ここで右折。国道150号に入った。ここからは国道150号を御前崎目指して進むことになる。 地図13:中島信号

14:地頭方信号(13時23分) 国道150号は静岡市を通過すると焼津市(やいづし)、吉田町(よしだちょう)を通過して牧之原市(まきのはらし)に至る。牧之原市を南端まで進み地頭方(じとうがた)信号で左折。国道150号を離脱して静岡県道241号薄原地頭方線に入った。 地図14:地頭方信号

 静岡県道241号を進むと牧之原市から御前崎市(おまえざきし)に入る。その後、静岡県道240号御前崎堀野新田線との交点Y字路に達するのだが、ここは直進すると静岡県道240号に入る。

下岬信号 15:下岬信号(13時33分) 静岡県道240号を進むと下岬信号に至る。いよいよ御前崎だ。下岬信号はT字路になっており、右へ進むと静岡県道357号佐倉御前崎港線。しかし、この時は左折して市道を進んだ。 地図15:下岬信号

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御前崎

 御前崎を目指してきたものの下調べもしてこなかったので(いつものことか?)、とりあえず情報が欲しいと思って走っていると「御前崎海鮮なぶら市場」が右側にあったので立ち寄ってみた。

 「御前崎海鮮なぶら市場」は海鮮物を購入したり食したりできる観光施設。海産物のおみやげなどが購入できる「海遊館」と食事を楽しむことができる「食遊館」から成る。ちなみに「なぶら」はカツオなどの大型魚に追われた小魚が水面を逃げて飛びまわる様子のこと。

なぶら館 16:なぶら館(13時43分) 「御前崎海鮮なぶら市場」では付近の観光情報を見つけることができなかったので、どうしたものかと思っていた。ところが隣に「なぶら館」なる建物を発見。行ってみた。

 「なぶら館」には観光案内所が入っていた。早速立ち寄ってみた。すると御前崎の観光マップがあったので入手。これを元に御前崎を観光することに。 地図16:なぶら館

御前崎灯台下の駐車場 17:御前埼灯台下の駐車場(13時53分) 「なぶら館」で御前崎の観光マップを入手すると、まずは御前埼灯台を目指して進むことに。

 まずは下岬信号まで戻り、直進して来た時と反対方向に進んだ。下岬信号を通過すると市営駐車場がいくつかあるのだが、3つ目の駐車場が御前埼灯台の下にある駐車場となる。 地図17:御前埼灯台下の駐車場

御前崎市観光情報館  駐車場から御前埼灯台に向かって歩き始めると、灯台に上る石段の下に「みさきの広場」がある。この広場にある「御前崎市観光情報館」がこちら。色々なパンフレットやチラシが置いてある。私が「なぶら館」で入手した御前崎の観光マップも置いてあったので、観光情報が欲しい人は立ち寄るべきであろう。

海の東海道御前崎説明看板  御前崎の説明看板。かなり内容が濃いため省略させて頂くので写真で確認お願いします。

みさきの広場御前崎湊のモニュメント  「みさきの広場」にあるモニュメント。上の写真の説明看板によると、このモニュメントは「東海道歴史のふるさとづくり」の一環で設置されたものであるという。

静岡県最南端の岬標柱 18:静岡県最南端の岬(13時57分) 「みさきの広場」から道路を挟んだ向かいに、何やら標柱が見えたので行ってみると「静岡県最南端の岬標柱」であった。

 実は、この標柱を見るまで私は静岡県の最南端は伊豆半島最南端・石廊崎(いろうざき)であると思っていた(離島は除く)。偶然の発見が私の勘違いを払拭してくれた瞬間であった。

静岡県最南端の岬下  標柱が立つ展望台の下におりることができるようなので、下りてみた。

静岡県最南端の岬下の砂浜  展望台の反対方向には砂浜もある。 地図18:静岡県最南端の岬標柱

みさき売店 19:みさき売店(14時02分) その後、再び道路を渡って御前埼灯台に向かう石段を上った。石段を上ると御前埼灯台の袂に辿り着く。そこで私の目に入ったのは「みさき売店」であった。

みさき売店の風景1  みさき売店は高台の端に建つ東屋風の建物から成るお土産屋さん。海側が展望台になっていて、なかなかの絶景だ。

みさき売店の風景2  みさき売店の展望台は、かなり広くて視野も良好。

みさき売店の風景2  みさき売店は絶景の展望台と貝殻などの珍しいお土産が特徴。御前埼灯台の目の前にあるので、御前埼灯台に訪れるのならば立ち寄ってみるのも良いだろう。 地図19:みさき売店

御前埼灯台 20:御前埼灯台(14時03分) 「みさき売店」の向かいに堂々とそびえる、これが御前埼灯台。御前崎を訪れる観光客は、ここを目標に来る人も多いのではないだろうか。

御前埼灯台説明看板  御前埼灯台の入場料は大人200円、そして小学生以下はなんと無料(2014年12月28日現在)。しかし私は中には入らなかった。写真は外にある説明看板。

御前崎灯台之図  説明看板の隣に何やら立派な図があった。「静岡県遠江国(とおとうみのくに)榛原郡(はいばらぐん)御前崎村御前崎灯台之図」と旧字体で書かれている。この碑がいつ作られたのかは分からなかった。

御前埼灯台全景  御前埼灯台の全景。入場料を支払えば、灯台に上ることもできる。 地図20:御前埼灯台

灯台遊歩道入口 21:灯台遊歩道入口(14時08分) 「なぶら館」で手に入れた御前崎の観光マップには御前埼灯台から「夕日と風がみえるん台」という展望台まで続く灯台遊歩道が書かれていて、ぜひ歩いてみたいと思い入口を探していた。御前埼灯台の裏に小道がある。どうやら、ここが灯台遊歩道の入口のようだ。 地図21:灯台遊歩道入口

灯台遊歩道 灯台遊歩道を歩き、まずは「椿の休憩所」を目指した。12月にも関わらず、暖かくて気持ちいい。さすがに雪国の長野県とは随分と違う。

 遊歩道の標識に「見尾火の小径」と書かれている。このように遊歩道上にはいくつか「~の小径」と書かれた標識を見た。

椿の休憩所 22:椿の休憩所(14時11分) 椿の休憩所に到着。東屋が建つ公園になっている。

椿の休憩所説明看板  椿の休憩所にあった説明看板。付近に咲く花が説明されている。 地図22:椿の休憩所

 「椿の休憩所」を出発すると、次は「ねずみ塚広場」を目指す。

ねずみ塚広場 23:ねずみ塚広場(14時14分) ねずみ塚広場に到着。やはり東屋のある公園として整備されている。「椿の休憩所」よりも広めか。

ねずみ塚広場説明看板  ねずみ塚の由来が説明されている。どうやら「ねずみ塚広場」は、この地に伝わるねずみの伝説に関係しているようだ。

ねずみ塚  伝説に登場するねずみの墓が、この「ねずみ塚」である。

ねずみ塚説明  ねずみ塚の側にもねずみ塚の由来が書かれた説明がある。前述の説明看板に比べて、もう少し細かに説明されているようだ。 地図23:ねずみ塚広場

24:駒形神社 伝説に登場する猫の塚(猫塚)は駒形神社の近くにあるという。

 今回は駒形神社も猫塚も立ち寄らなかったのだが、駒形神社の位置のみ地図に表示しておこう。 地図24:駒形神社

筋力トレーニング器具 25:筋力トレーニング器具(14時16分) ねずみ塚広場を通過して遊歩道を進むと、なんと!目の前に突然、筋力トレーニングの器具が登場!!なぜ!?どうして、こんな所に!!??

腹筋ベンチ  説明看板によると、腹筋運動はひざを曲げて行うのが無理のない姿勢だとか。ここでは、つま先をパイプの下に入れひざを曲げて腹筋運動が行える。…???なぜ!?どうして、ここに腹筋ベンチ??

スプリングバー  説明看板によると、これは懸垂器具らしい。スプリングがとびついた時のショックを柔らげてくれるという。それにしても、どうしてこんな所に筋力トレーニング器具が!?

 私のような観光客が、いきなり遊歩道で筋力トレーニングを始めるとも思えない(一瞬やる人はいるかもしれない)が、地元の人達もこのコースをウォーキングなどに使っているのかもしれない。案外、地元の人達は普通に使っているとか? 地図25:筋力トレーニング器具

風の通る道 26:風の通る道(14時17分) 結局、筋力トレーニング器具を試すこともなく遊歩道を進んだ。すると、次に何やら展望台らしき物をが出現。

風の通る道説明看板  「風の通る道」眺望台の説明看板。

眺望台の風景  眺望台の風景。この眺望台は海から吹き上げる風によって木々の最上部が波のようにうねり、風が通る道ができ、そこを通り抜ける風と音を感じることができるという。 地図26:風の通る道

夕日と風が見えるん台 27:夕日と風が見えるん台(14時20分) 更に遊歩道を進むと、ついに「夕日と風が見えるん台」に到着。

夕日と風が見えるん台碑  「夕日と風が見えるん台」の碑。

恋人の聖地  「恋人の聖地」の碑。「恋人の聖地」は地域活性化支援センターにより選定されたデートスポット。

潮騒の像  堤達男作「潮騒」の像。私が訪れた時間はまだ日も高かったのだが、ここは夕日の時間が有名らしい。「恋人の聖地」に選ばれるのも頷ける。

夕日と風が見えるん台付近の風景  「夕日と風が見えるん台」付近から御前埼灯台方面の眺望。灯台遊歩道の出発点、御前埼灯台からここまで10分ちょっとの道程であった。 地図27:夕日と風が見えるん台

アカウミガメ産卵地標識 28:アカウミガメ産卵地標識(14時25分) 間もなく遊歩道は海沿いの静岡県道357号に出る。ここからは県道を歩いて駐車場まで戻ることに。途中で「アカウミガメ産卵地」の標識を発見。砂浜に下りてみた。

アカウミガメ産卵地標識付近の砂浜から御前埼灯台  砂浜に下りると、なかなかの景色ではないか。砂浜から御前埼灯台を望む。

アカウミガメ産卵地標識付近の砂浜  ここでアカウミガメが産卵したかは分からないが、いずれにしても、この付近の砂浜で産卵するのだろう。 地図28:アカウミガメ産卵地標識

 間もなく駐車場に帰還。駐車場を出発すると下岬信号方面へ向かった。

下村勝次郎翁顕彰碑のある市営駐車場 29:下村勝次郎翁顕彰碑のある市営駐車場(14時36分) この市営駐車場は「なぶら館」から灯台下の市営駐車場に向かう途中に通過した。

 大きな駐車場で目立つのだが、近辺に取り立てて目立つ観光資源もないので駐車している車は殆どなかった。時期が違えば変わるのかもしれないが。何はともあれ、せっかくなので車を停めた。

下村勝次郎翁顕彰碑  駐車場に建つ下村勝次郎翁顕彰碑。下村勝次郎翁は、ここ下岬で民間では全国初の動力漁船を進水された人物であるという。その功績は、御前崎を遠洋漁業の町として発展させたばかりでなく、日本水産界の飛躍的な発展の礎となったという。 地図29:下村勝次郎翁顕彰碑のある市営駐車場

 実は、この駐車場に停めたのは目的があったから。御前崎に来る時、下岬信号を左折した直後に何やら亀の施設を見たような気がしたのだが…。

 下岬信号に向かって歩いていると信号の直前に、もうひとつ市営駐車場を発見。しまった!ここに車を停めれば良かったのか。もっとも、この駐車場には気付いていなかったので停めようもなかったのだが。

「アカウミガメ産卵指定地域」御前崎海岸看板  下岬信号の下にある看板。注意看板なのだが、この看板からも御前崎にアカウミガメが卵を産みにやってくることが分かる。

アカウミガメふ化場 30:アカウミガメふ化場(14時43分) 下岬信号を通過して少し歩くと「アカウミガメふ化場」があった。これが来た時に見た施設だ。

アカウミガメふ化場の様子  御前崎のアカウミガメとその産卵地は国指定天然記念物。付近の海岸には5月~8月にアカウミガメが産卵のため上陸するという。その季節には保護観察員が海岸巡視をして、見つけた卵をふ化場に移し保護するという。 地図30:アカウミガメふ化場

マリンパーク御前崎海水浴場 31:マリンパーク御前崎海水浴場(14時49分) アカウミガメふ化場を通過してから少し歩くと海沿いに続く堤防の上に上ってみた。すると大きな駐車場があったので駐車場を通り抜けて海へと歩いていくことに。どうやら、ここはマリンパーク御前崎海水浴場らしい。

マリンパーク御前崎海水浴場砂浜  長野県に比べて暖かいとはいえ、さすがに真冬の海。人は殆どいない。しかし人気の無い広い砂浜の風情というのも悪くないものだ。

風車  海水浴場に建つ風車。 地図31:マリンパーク御前崎海水浴場

 この後、そろそろ駐車場へ戻ることに。駐車場に着いたのは15時02分頃であった。車に戻ると、この日の宿泊先を探すことに。

 結局、この日は浜松駅から徒歩4分という「浜松ホテル」に予約をとった。駐車場を出発したのは15時26分。浜松ホテルを目指した。…が、その前に浜名湖の夕日が素晴らしいという弁天島海浜公園へ立ち寄っていくことに。まずは、そちらを目指す。

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御前崎市~浜松市

32:上ノ原信号(15時35分) 駐車場を出発すると、静岡県道357号佐倉御前崎港線を浜松市方面へと向かった。静岡県道357号を進むと、上ノ原信号で国道150号と接続。左折して国道150号に入った。 地図32:上ノ原信号

 国道150号は御前崎市を出ると掛川市に入る。その後、袋井市、磐田市を経由して浜松市に至る。

33:石原町信号(16時33分) 浜松市に入ると国道150号は石原町信号で国道1号浜松バイパスと接続する。ここで左折して、国道1号浜松バイパスに入った。 地図33:石原町信号

34:浜名バイパス篠原IC(16時47分) 浜松バイパスをしばらく進むと、浜名バイパス篠原ICに接続する。直進するとそのまま浜名バイパスへと進むのだが、ここでバイパスを降りて国道1号を弁天島方面へ向かった。 地図34:浜名バイパス篠原IC

弁天島海浜公園 35:弁天島海浜公園(17時04分) 弁天島海浜公園の駐車場に着いた時、辺りは既に闇の帳に包まれていた。夕焼けを見たかったので残念であった。が、この日は御前崎を出てから曇ってきていたので、いずれにしても夕焼けを見ることはできなかっただろうか。

弁天島海浜公園鳥居  弁天島は浜名湖にある島。釣りや海水浴・潮干狩りなどで訪れる人も多いという。写真の鳥居は弁天島観光のシンボルタワー的存在であるというが、夕日とのコラボが絶景らしい。 地図35:弁天島海浜公園

 私が着いた時には日も暮れていたため、弁天島海浜公園の景色を楽しむことはできなかった。結局、10分ちょっとで出発。駐車場料金が410円(2014年12月28日現在)だったので、少し勿体無かったか。

 弁天島海浜公園の駐車場を出発したのは17時16分。この日宿泊することになっていた浜松ホテルは、方角的に弁天島から少し引き返すことになる。まずは国道1号を、来る時に通った篠原IC付近まで戻ることに。篠原信号まで国道1号を引き返すと、国道257号に入った。

36:静岡県道62号交点信号(17時48分) その後、国道257号をしばらく進むと静岡県道62号との交点交差点に辿り着く。この交差点を左折すると静岡県道62号に入るのだが、ここは右折して市道に入った。 地図36:静岡県道62号交点信号

37:海老塚二丁目信号(17時48分) 市道に入ると間もなく東海道本線と東海道新幹線の高架下を通過。その後、海老塚二丁目信号を左折。アパホテル浜松駅南のある交差点信号を右折すると間もなく左側に浜松ホテルがある。 地図37:海老塚二丁目信号

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浜松市

浜松ホテル到着 38:浜松ホテル(17時51分) 浜松ホテルに到着。長野を出発してからの走行距離は503.9km。前日に宿泊した静岡市のアーバントイン静岡に到着した時の走行距離が317.6kmだったので、この日の走行距離は186.3kmであった。

浜松ホテル客室  駐車場の案内で少しイラッとした面もあったが、無事チェックイン。部屋は少し小さめだが小奇麗で電源差込口の多いことが嬉しい。

 前日に続き団体客が宿泊していたのだがこのホテルはエレベーターがひとつしかなく、特に朝、上がり下がりに苦労した。チェックインもスムーズにいかず、結局、部屋に入ったのは18時11分であった。 地図38:浜松ホテル

 浜松といえば栃木県宇都宮と双璧を成すギョウザ消費量が多い街。宇都宮と全国1位の座を奪い合っている。

 しかし、この1位という数字は個人宅での消費量であって、飲食店の消費は関係ないとも聞いたことがある。とは言っても、浜松も宇都宮もギョウザの店が他都市に比べて圧倒的に多いのは事実だろう。

 せっかく浜松に来たことであるし、浜松ギョウザを食べない手はない!!というよりも、浜松ギョウザを食べるために浜松に泊まったというべきか。

 さて、そうとなればインターネットでホテルの近くにある浜松ギョウザの店を調べて早速夜の浜松に繰り出すことに。

某有名浜松ギョウザ店  画像がボケていて申し訳ありません。

 こちらは浜松ホテルの近くにある某有名浜松ギョウザ店。ご覧の通りの行列。私は常日頃から並んでまで食べないというポリシーがあり、行列には並ばなかった。多少の味の違いがあっても、食べたい時に食べるのが一番美味い!?

 そういえば、来る時に「浜松餃子」のノボリが出ている店があった。そちらに行ってみよう。

黄河キッチン 39:黄河キッチン 私が入った時、お客さんが一人いてご主人と食事をしながら話していたのだが、私が入ると出て行ってしまった。ごめんなさい。

黄河キッチン餃子  早速、餃子とビールを注文。ビールは瓶のみで生はない。私はビールに関して、実は生よりも瓶の方が好きなので申し分ない。ビールはアサヒで1本500円。

 さて餃子。6個入りで値段は380円。10個入りだったか忘れてしまったが、もう少し多いものもあった。

 浜松ギョウザといえば野菜の多い餡が特徴。しかし、ここの餡は肉がかなり多め。その理由をご主人はハッキリという。餃子は肉が多い方が美味いに決まっている!まさに、その通り。

黄河キッチンご主人  こちらが黄河キッチンのご主人(写真掲載はご本人の了承済みです)。関西弁で話していたので、「関西の方ですか?」と聞いたら「なんで分かったの!?」との返し。「いやいや、関西弁で話していらっしゃるから…」なんてボケとツッコミが始まってしまった。ご出身は大阪ではなく、神戸らしい。

 なかなかひょうきんなご主人で、楽しく食事ができた。が、腕は確か。餃子の皮はパリッとして中の餡はとろける様な旨さ。なんでも昔、横浜の中華街で働いていたとかで、味は本格的だ。「浜松ギョウザはモヤシが付いていれば浜松ギョウザ」と言い切る。面白い!!…!!しかし!!このモヤシもシャキシャキして旨い!これは、良い店を発見した。 地図39:黄河キッチン

 また浜松に来たら、ぜひ立ち寄りたいと思いつつ、黄河キッチンを後にした。

ちょっと一杯 40:ちょっと一杯 少し飲んでいこうと、ホテル近くの居酒屋ちょっと一杯で一杯。ママさんひとりのお店だったが、客はひとりもいなくてカウンターで気軽に飲めた。

 お通しはハムにマヨネーズと、かなりのボリューム。お銚子を2本頼んだ。ママさんは福岡県の出身らしい。お客さんがくれたという、九州の大きな柑橘類、ザボンを食べさせてくれたり。途中で入ってきた常連さんがおつまみを分けてくれたり。なんとも家庭的な店で居心地が良かった。

 結局、私が注文したのはお銚子2本のみ。ごめんなさい。今度、浜松に行った時は、また寄ってたくさん食べます。 地図40:ちょっと一杯

 店を出るとコンビニでビールを購入。最後はホテルに戻って一杯。それにしても、浜松の夜は楽しかった。明日は浜松市を観光してから長野県に向かおう。

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